作品概要-この映画の成り立ち|ドキュメンタリー映画「シロタ家の20世紀」公式サイト

作品概要

この映画の成り立ち

アリーヌ・カラッソさんは、日本国憲法に男女平等を書いたベアテ・シロタ・ゴードンさんの従妹ティナの娘。アウシュヴィッツで生命を奪われた、ピエール・シロタの孫娘に当たる。母ティナは1年前に亡くなったが、アリーヌさんは母の生前から戦時中の話を聞いたり、一族の資料を集めていた。

アリーヌさんと藤原監督

アリーヌさんと藤原監督

シロタ家は、ロシア領だったウクライナのカミェニッツ・ポドルスキの出身である。そこにはかつて多くのユダヤ人が住んでいたが、たびかさなるユダヤ人迫害と第2次世界大戦中のホロコーストによって、今はかつての8割がいなくなった。シロタ一族は19世紀末、迫害を逃れキエフに移った。そこで5人の兄弟姉妹は、みな芸術を志し、史料館に残された100年以上前の音楽学校の学籍簿は、彼らがひじょうに優秀だったことを物語っている。卒業後はワルシャワに、ウィーンに、パリにとそれぞれの大都会でめざましい活躍をする。特にベアテさんの父レオは、全ヨーロッパの楽壇で世界的ピアニストとして演奏会を展開。1929年からは日本で17年間、ピアニストの育成と演奏活動で、日本の楽壇に貢献する。

ウクライナでの撮影風景

ウクライナでの撮影風景

サンクトペテルブルクの音楽院で学んだ弟のピエールは、舞台に立つと上がってしまう性格だったので、ピアニストを断念、音楽プロデューサーとしてパリで大活躍。近代音楽とロシアバレエやオペラをヨーロッパに紹介したり、ミスタンゲット、モーリス・シュバリエなど、有名な芸能人のマネージャーを務め、栄光を手にする。だがヨーロッパに残ったシロタ一族は、ナチの台頭と第2次世界大戦で、悲劇的な最期をとげる。ワルシャワで政治犯として行方不明となる長兄ヴィクトル。その息子イゴールは、ノルマンディ上陸作戦で戦死。ピエールはアウシュヴィッツに連行され、命を落とす。日本のレオにも官憲の目がひかる。

ピエールの名前

フランスから強制収容所に送られたユダヤ人の名前の壁

しかし戦時中アメリカに留学し、戦後日本で両親と再会したベアテさんは、新憲法の草案作成に関わって、男女平等の条文(現在の24条)を書いた。日本女性の地位向上と、この憲法にこめられた世界平和への理念を訴えるべく、ここ15年来、毎年のように講演のため来日する。その間には、父レオの高弟で幼馴染みのピアニスト園田高弘の記念コンサートにも出会い、旧交をあたためる。

講演会で話すベアテさん

講演会で話をするベアテさん

そしてベアテさんの想いを受け継ぐかのように、スペインのカナリア諸島、グラン・カナリアのテルデ市にあるヒロシマ・ナガサキ広場には、スペイン語で書かれた日本国憲法9条全文の碑が掲げられ、市長は「あの条文は世界の希望です」と語る。

ヒロシマ・ナガサキ広場にある日本国憲法9条全文の碑

グラン・カナリアのヒロシマ・ナガサキ広場にある日本国憲法9条全文の碑

この映画に関わるシロタ家の人々